はじめに
調査レポート「リンゴの皮と中身とネオニコチノイド系農薬アセタミプリドの分布」 で浸透移行型の特徴を持つネオニコチノイド系農薬は、皮を剥いても、内側まで染みこんでいるため、皮を剥いてもその除去効果は、それほど多くはならないことを報告しました。
浸透移行することで、隅々まで行き渡り、継続した効果が得られるというネオニコチノイド系農薬のメリットは、食べる側から見ると、とても悩ましい実態を作っていることがわかります。
このレポートでは、みかんでも皮を剥いたら、ネオニコチノイド系農薬は減るのかどうかを調べてみたものです。またこの調査では、同一サンプルから有機リン系農薬も合わせて検出されたことから、ネオニコチノイド系農薬と有機リン系農薬の残留の違いについて比較もおこなうことができました。
その結果、ネオニコチノイド系農薬のジノテフランは、内側まで染みこんでいて、皮を剥いても除去効果はわずかでしたが、一方、有機リン系農薬のメチダチオンは、皮でとどまっていて、皮を除けばほぼ除去できてしまうといった、特徴の差が見えてきました。
分析方法などについて
- 2020年12月に、市販されていたみかん4商品について試験を実施しました。
- 産地は、愛媛県2商品, 福岡県1商品, 広島県1商品でした。
- みかんの皮を剥いて、皮、中身をそれぞれの重量を量った後、前処理をおこない、LC-MS/MSで測定しました。
- 試験は、高速液体クロマトグラフ質量分析計を利用した方法で実施しました。定量下限は、各0.005 mg/kgとなります。
- LC/MS/MS131成分検査
高速液体クロマトグラフ質量分析計：島津製作所製LCMS -8050 ESI(+/-)
分析カラム：Phenomenex製 Kinetex Biphenyl, 2.1 mm i.d. × 100 mm, 2.6μm
データ処理：島津製作所製LCMS Solution / Insight
定性・定量：MRM法
- LC/MS/MS131成分検査
結果
4商品のみかんから検出された農薬は、あわせて6成分（アセタミプリド、ジノテフラン、クロチアニジン、チアメトキサム、クロルピリホス、メチダチオン）でした（表4）。このうち4成分がネオニコチノイド系農薬でした。それぞれの農薬について、結果の考察を行うととても複雑になってしまうため、ここでは、3商品から共通して検出されたネオニコチノイド系農薬のジノテフランと、有機リン系農薬のメチダチオンについて比較、解説をします。
表1のとおり、ジノテフランは、皮だけでなく、中身からも検出されました。ネオニコチノイド系農薬の特徴である浸透移行性という特徴によって、私たちが食べる中身にも浸透をしていることがわかります。今回検査をしたサンプルの例では、皮を除いてもみかん全体に残留しているジノテフランの10~29%程度しか減らすことはできないことになります。一方、メチダチオンは、中身には浸透していないようで、皮からしか検出されませんでした。つまり、メチダチオンは皮を除けばほぼ全て除去できる関係にあることがわかります。
ジノテフラン |
メチダチオン |
|||
皮 |
中身 |
皮 |
中身 |
|
 みかん商品No.1 |
29 % |
71 % |
100 % |
0 % |
 みかん商品No.2 |
10 % |
90 % |
100 % |
0 % |
 みかん商品No.3 |
15 % |
85 % |
100 % |
0 % |
平均値 |
18 % |
82 % |
100 % |
0 % |
表2と表3に皮とその中身にどう分布しているかを具体的な数値で示しました。表2はジノテフランについてのみまとめたものです。表3はメチダチオンについてのみまとめたものです。実際の残留量などが確認できます。
考察と補足
- 例えば、「みかん商品No.1の玉C」の場合です。ジノテフランとメチダチオンの両方が検出されていますが、すでに説明したとおり、皮を剥いて食べれば、メチダチオンは、口に入ることにはなりません。一方、ジノテフランは、中身にも存在しているため、皮を剥いても、みかん全体の27%程度（3.15μg）減らすことにしかならず、中身を全て食べれば、8.67μgのジノテフランを摂取することになります。
- この2つの農薬の毒性を、一日摂取許容量(ADI) *1 で比較してみましょう。メチダチオンのADIは0.0015 mg/kg体重/日、ジノテフランでは0.22 mg/kg体重/日です。数字が小さい方が、わずかな量の摂取でも私たちの体に影響がある、ということを意味する数字ですので、ジノテフランのほうが、メチダチオンより140倍以上安全な農薬と評価されていることになります。
*人が、毎日、この数字が示す量でこの農薬を含んでいる食品を一生涯食べたとしても，健康に影響がないと考えられるとして評価されている許容量のこと。 - もうすこし、私たちの体への影響についてイメージがしやすい説明をします。例えば体重50kgの人であれば、ジノテフランの一日摂取許容量は11,000 μgと計算できます（0.22 mg/kg体重/日 x 50 kg = 11 mg/日 = 11,000 μg/日）。この数字を超える量のジノテフランが含まれるものを食べる続けると体に影響する恐れがある、とみるわけです。「みかん商品No.1の玉C」の場合、体重50kgの人であれば、このみかんの中身をおよそ1,269個（11,000 μg / 8.67 μg = 1,268.742...）食べないと、ジノテフランのADIを越えないことになります。これは現実に考えると、とても食べきれない量ですから、1個、2個このみかんを食べるぐらいでは、体に影響が出ることはないと、評価されることになります。
- このように、ADIの評価から見れば、メチダチオンのような従来の農薬に比べ、ネオニコチノイド系農薬は安全とされてきたことがわかります。しかし、近年、低用量暴露による影響を指摘する論文が出されており、このようなADIによる評価だけでなく、より踏み込んだ検証と調査が求められる段階にネオニコチノイド系農薬の評価はおかれています。特に、無毒性量と評価される濃度のクロチアニジンを与えたマウスに行動異常が現れるなどの報告には、注目する必要があると言えます。
- Ichikawa, et al. LC-ESI/MS/MS analysis of neonicotinoids in urine of very low birth weight infants at birth. PLoS One. 2019 Jul 1;14(7)
国内で、早産で生まれた極低出生体重児の尿を調べた研究では、低体重の新生児の尿は、早産でも体重が正常域の新生児に比べて、ネオニコチノイド系農薬のアセタミプリド代謝物の検出率と濃度が高い。 - Caron-Beaudoin E, et al., The use of a unique co-culture model of fetoplacental steroidogenesis as a screening tool for endocrine disruptors: The effects of neonicotinoids on aromatase activity and hormone production, Toxicol Appl Pharmacol. 2017, 332.
チアクロプリド、イミダクロプリド、チアメトキサムは、低容量でもホルモン産生を撹乱する環境ホルモン作用があると指摘。 - Hirano T, et al. NOAEL-dose of a neonicotinoid pesticide, clothianidin, acutely induce anxiety-related behavior with human-audible vocalizations in male mice in a novel environment. Toxicol Lett. (2018).
若い雄マウスに無毒性用量のクロチアニジンを投与すると、無毒性量以下でも不安行動のほか、脳に異常が確認された。
- Ichikawa, et al. LC-ESI/MS/MS analysis of neonicotinoids in urine of very low birth weight infants at birth. PLoS One. 2019 Jul 1;14(7)
- Kimura-Kuroda,J. et al., Neonicotinoid Insecticides Alter the Gene Expression Profile of Neuron-Enriched Cultures from Neonatal Rat Cerebellum. Int J Environ Res Public Health(2016).
アセタミプリドやイミダクロプリドをラットの発達期神経培養細胞に低容量で長期投与すると脳発達に重要な遺伝子発現に以上が観察された。 - 中身には浸透はしないものの毒性の高いメチダチオンを散布するか、毒性は低いが、中身にまで浸透することで、食べものから摂取する機会を増やしてしまうネオニコチノイド系農薬を散布するか、そんな悩ましい課題が、私たちの食卓に存在することが、このみかんの調査結果から見えてくると言えます。
- ネオニコチノイド系農薬の削減が世界的にも議論が進められている中で、日本もその使用削減に向けて取り組みが求められます。一方で、今回報告したみかんだけではなく、日本で主力の位置づけにある果樹品種の栽培では、品質や収量の安定化、カミキリなどの害虫被害から樹木を維持するために、もはやネオニコチノイド系殺虫剤の使用が欠かせない農薬となっています。生産者の収入が安定しない環境や農政が続く中で、単に生産者に使用削減や使用禁止を押しつけるだけでは、ねじれを残したままであって、削減や使用禁止というゴールの達成は難しいでしょう。高品質で美味しい果物を生産、消費者に届けることは、生産者の誇りです。その誇りを共有しつつ、ネオニコチノイド系農薬の使用削減を踏まえた新しい流れづくりに、消費者も積極的に関わること、また行政による支援や技術開発などを整えていく必要があるのではないでしょうか。
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